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和歌山地方裁判所 昭和60年(ワ)171号 判決

原告

国(X)

右代表者法務大臣

三ケ月章

右指定代理人

源孝治

豊田誠次

松原住男

樽井保

原後二郎

山本幸生

森谷昭一

幸田重信

被告

下津町(Y)

右代表者町長

橋爪麟兒

右訴訟代理人弁護士

榎本駿一郎

右訴訟復代理人弁護士

田中繁夫

右訴訟代理人弁護士

妙立馮

水野八朗

吉澤義則

楠見宗弘

右訴訟復代理人弁護士

金原徹雄

右訴訟代理人弁護士

泉谷恭史

岡田栄治

右被告指定代理人

坂本圭造

野際秀樹

田中康雄

理由

第一  主位的請求について

一  原告の訴外上山に対する金員の交付

〔証拠略〕によれば、訴外上山は、昭和四七年一月一日から昭和五九年一一月一八日まで被告の出納室長であった者であるが、昭和五六年一〇月ころ、訴外峯野博好から些細なことを理由として半ば脅追的に金銭を要求されるようになり、当初は、訴外上山の保管する被告の公金を流用したり、被告の定期預金を収入役に無断で解約したりして、その金を訴外峯野に交付していたこと、ところが、右横領のために被告の正規の支出にも窮するようになったことから、自らの右横領の発覚防止と訴外峯野に交付する金員等の資金の捻出のため、昭和五八年一月ころから昭和五九年一一月ころまでの間、被告の町長の決裁を受けないまま、被告の正規の一時借入金の借入であるかのように装って被告の取引金融機関である株式会社紀陽銀行、東洋信託銀行株式会社、株式会社和歌山相互銀行、下津町農業協同組合、和歌山県労働金庫、国(近畿郵政局、近畿財務局)から次々と金銭を借り入れ、これを訴外峯野に交付する等不正に費消したり、従前の横領分の補填資金や、金融機関からの不正借入の返済に充てるといったことを繰り返していたこと、本件一時借入金も右不正借入の一環であり、訴外上山は、被告町長の決裁を受けることなく原告に対して被告を借入団体とする原告の簡易生命保険積立金短期貸付借入を申込み、原告は、同貸付として金二億円を被告に貸し付けることを決定し、昭和五九年一一月九日、訴外上山に対して加茂郷郵便局を経由して金二億円を交付したことが認められる。

二  訴外上山の権限について

1  地方自治法二三五条の三第一項によれば、普通地方公共団体の長は、歳出予算内の支出をするため、一時借入金を借り入れることができると規定し、町の場合、町長が一時借入金の借入権限を有している。同法によれば、普通地方公共団体の長はその権限に属する事務の一部を当該普通地方公共団体の吏員に委任し、又は右事務の一部を吏員に臨時に代理させることができると規定しているが(同法一五三条)、被告では一時借入金の借入権限を町長が町の職員に委任する旨を規定した定めは存せず、訴外上山が被告の町長から一時借入金の借入を委任されていたことを認めるに足りる証拠はないから、訴外上山が独自に被告の一時借入金の借入をする権限を有していたと認めることはできない。

2  〔証拠略〕によれば、被告においては、事務分掌に関する規則二条、一一条で、収入役の権限に属する事務を分掌させるために出納室を設置し、出納室は、〈1〉一般会計、特別会計の金銭事務に関すること、〈2〉現金、有価証券、基本財産及び積立金の出納保管に関すること、〈3〉一時借入金に関すること、〈4〉その他金銭に関すること等の各事務を行うことと定めており、出納室長は、右事務を統括し、出納室員を指揮監督する権限を有していることが認められる一方、同規則一〇条で、総務課においても一時借入金に関すること等の事務を行うことを定め、また、被告の財務規則一〇八条で「総務課長は、一時借入金を借り入れようとするときは、収入役と協議して町長の決裁を受けなければならない。」と定めていることが認められる。

事務分掌規則一〇条及び財務規則一〇八条によれば、被告における一時借入金の借入事務の手続は総務課長が担当することとされていると解せられるが、事務分掌規則一一条によれば、出納室も総務課長とともに一時借入金の借入手続を担当すると規定されていると解することもでき、規則自体からは両者の関係は必ずしも明確ではない。

被告は、一時借入を担当するのは総務課長であり、出納室は一時借入によって入金された金銭を管理する事務を担当するのみであると主張するが、前示のとおり、事務分掌に関する規則の一一条で、金銭、有価証券等の出納保管に関することが出納室の事務として定められ、右規定により、一時借入によって入金された金銭を保管することが出納室の担当事務となることは明らかであるから、右規定とは別に「一時借入に関すること」が出納室の担当事務として定められていることを考慮すると、被告主張のような解釈は直ちに採りがたいといわなければならない。

3  〔証拠略〕を総合すると、被告においては、一時借入金の借入の実際の事務手続は、昭和四七年一月一日に訴外上山が出納室長になる以前から出納室長が担当しており、出納室長は、支出に伴う収入が足らないために一時借入金が必要であると思うと、事前に金融機関との下交渉の上、借入の理由や借入金額、借入先等を記載した伺い書きを起案するなどして収入役と協議し、これに基づいて収入役、助役、町長の決裁を得て金融機関から一時借入金の借入を行なってきたもので、被告の町長の決裁を受けた正規の借入である昭和五八年一二月二四日及び昭和五九年四月三日付けの原告からの一時借入金の借入手続も訴外上山が担当しており、少なくとも訴外上山が出納室長になって以降被告の総務課長が一時借入金の借入手続を担当したことはなかったことが認められる。

4  また、〔証拠略〕によれば、近畿郵政局では、簡易生命保険積立金の地方公共団体に対する貸付業務を正確かつ円滑に処理することを目的として、毎年度、地方公共団体の首長、助役、収入役、財政担当者、起債担当者、一時借入担当者を記載した書面(地方公共団体関係調書)の提出を求めており、原告は、昭和五九年度も被告から右調書の提出を求め、被告から提出された地方公共団体関係調書には、「一借担当者」として訴外上山の氏名が記載されていたことが認められる。

5  以上の事実及び被告の事務分掌に関する規則等の規定を総合すると、被告においては、出納室は、一時借入金の借入の事務手続を行う権限を有していたと認めるのが相当である(訴外上山は、司法警察員の取り調べにおいて、昭和五六年の被告の事務分掌規則の改正により一時借入に関することが出納室の分掌事務と規定されたが、財務規則は改正が遅れている旨供述している―〔証拠略〕)。

被告は、一時借入金は町長の専権事項であり、被告の総務課長が右借入手続をする権限を有し、訴外上山にはその権限はないと主張する。

地方自治法において一時借入金の借入は町長の専権事項とされているから、右借入手続は町長部局である総務課が担当するのが通常であると考えられるとしても、一時借入の決定権者が町長であることと、被告の内部において一時借入の事務手続をどの部局に担当させるように定めるかとは自ずと別の事柄であり、被告において、総務課とともに出納室において一時借入金の借入の事務手続を担当させたとしても、これにより地方自治法上の問題が生じることはないと解される。

したがって、訴外上山は、出納室長として、被告のために一時借入金の借入の事務手続を行う職務権限を有していたと認めるのが相当である。

三  訴外上山の本件一時借入金の借入行為は、被告の町長の決裁を受けずに行われたにもかかわらず、これを正規の借入のように装って原告から被告の一時借入金名下に金員を騙取したものであるから、違法な借入といわなければならない。

しかし、訴外上山は、被告のために一時借入金の借入事務を行う職務権限を有する者であり、原告からの一時借入について被告の機関もしくは使者としての立場にあった者であるから、このような場合、相手方である原告が訴外上山の本件借入申込を被告の町長の決裁を得た正規の一時借入申込であると信じ、これに応じて貸付を行ない、右信じるについて正当な理由があるときは、権利外観法理の趣旨に則り、民法一一〇条の表見代理を類推適用して、右一時借入申込による消費貸借契約の有効な成立を認めるのが相当である。

四  正当理由について

そこで、原告が訴外上山の本件一時借入金の借入申込みを被告の正規のものと信じるについて正当な理由があるか否かについて検討する。

1  簡易生命保険積立金短期貸付について

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(一) 簡易生命保険積立金の貸付は、簡易生命保険及び郵便年金の積立金の運用に関する法律三条二号、これに基づく簡易生命保険及び郵便年金の積立金の地方公共団体等に対する貸付規則(以下、単に「貸付規則」という。)並びに簡易生命保険及び郵便年金の積立金の地方公共団体に対する貸付事務取扱規定(昭和四九年一二月郵政省公達第八九号(以下、「貸付規程」という)に基づいて運用されている。

(二) 右各法規によれば、短期貸付とは、地方公共団体の一時的な歳計不足を補うために行う積立金の貸付で、貸付が行われる日の属する会計年度内に償還されるものをいい(貸付規則二条五号)、その借入手続は概ね次のとおりと定められている。

(1) 短期貸付を受けようとする地方公共団体(借入団体)は、貸付受持局(借入団体の事務所の所在地を郵便物の配達受持区域とする郵便局)に簡易生命保険積立金短期貸付借入申込書に月別資金繰表(借入月から償還月まで)を添えて貸付受持局を通じて郵政局長に提出する(同規則二二条)。

(2) 貸付受持局は、地方公共団体から短期貸付の借入の申込を受けたときは、借入団体に、簡易生命保険積立金短期貸付借入申込書及び月別資金繰表各二通並びに借入団体から受領者印(公印)を押捺した印鑑届一通を提出させ、印鑑届には短期貸付の受領者の職名及び指名を記入させる(貸付規程三五条一項)。

(3) 貸付受持局は、借入団体から、借入理由、償還の見通し等を聴取するとともに、印鑑届の印鑑が当該借入団体の会計責任者の公印であること、月別資金繰表は償還月まで記載されていること、他の金融機関から一時借入金があるときは、金融機関別の借入現在高、利率及び借入期間について記入されていること、その他記載内容に誤りがないことを確認し、短期貸付申込書及び印鑑届に日付印を押し、貸付副申書を添えて郵政局に提出する(貸付規程三五条二項)。

(4) 郵政局長は、現に償還遅滞の債務がないか、現に貸し付けている積立金の償還について最近二年間に引き続き一月を超える償還遅滞がないか、最近年度における地方税の未収納額が調定額の二割に達していないか、借入申込書類に虚偽の記載がないか、起債を財源とする事業であって、起債許可予定額の決定がないものに短期貸付の借入金を充てるものではないか等の貸付制限事由の有無、借入団体の一時借入金現在額と予算に定める一時借入金の最高額との関係、借入の必要性、借入申込金額、借入期間及び償還計画の妥当性、貸付金の使途が、借入団体の歳計現金の一時的不足を調整するためのものであること等について審査をおこない(貸付規程三条、三六条)、貸付適当と認めると、貸付予定額及び貸付予定月日等を決定し、貸付決定通知書(甲)及び払渡通知書を借入団体に送付し、貸付受持局に貸付決定通知書(乙)及び払渡報知書を送付する(貸付規則二三条、貸付規程三八条)。

(5) 貸付受持局において、郵政局から貸付決定通知書(乙)及び払渡報知書の送付を受けたときは、資金の払渡し等の日時について借入団体と連絡の上、払渡日時案内書を借入団体に送付する(貸付規程三九条)。

(6) 借入団体は、払渡通知書の送付を受けたときは、短期貸付借用証用紙に借入団体の代表者名を記載し、公印を押捺して借用証書を作成し、送付された払渡通知書に受領者及び職氏名(収入役)を記入し、収入役の公印を押捺した上、払渡日時案内書により指定された日時に貸付受持局にこれらを提出し、資金の交付を受ける(貸付規則二四条)。

(7) 貸付受持局において、短期貸付借用証及び払渡通知書(兼受領書)の提出を受けたときは、払渡通知書と払渡報知書及び印鑑届等を対照し、交付金額、払渡通知書番号、借入団体代表者氏名、受領者氏名、印影等が相違していないこと、短期貸付借用証書と貸付決定通知書(乙)とを対照し、借入条件が相違していないこと、その他短期貸付借用証書の記載内容が誤りのないことを確認した上、現金または小切手を交付し、貸付金払渡記録簿の貸付金受領者欄に受領者をして記名押印させる。

(8) なお、従前借入申込書に一時借入金の最高額を定めた予算の抜粋を添付させていたが、昭和五七年四月一日からはこれを省略し、月別資金繰表の備考欄にこれを記載させることとなった。

2  本件一時借入金以前の一時借入金の借入手続について

〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

(一)(1) 訴外上山は、昭和五八年一二月一五日加茂郷郵便局を訪れ、被告の一般会計調整資金として金二億円の簡易生命保険積立金短期貸付を申込み、被告の町長の氏名が記載され、公印が押捺された右申込書(〔証拠略〕)、月別資金繰表(〔証拠略〕)、被告の公印が押捺され、町長の認証文言の記載のある被告の昭和五八年度一般会計予算書写し並びに同日付けの被告の町長による印鑑届(〔証拠略〕)を提出した。

加茂郷郵便局では、右申込みを貸付規則・貸付規程に則って審査をしたのち、これを近畿郵政局に送付した。

近畿郵政局では、川村展生審査官(以下、「川村審査官」という。)が右申込みを審査し、月別資金繰表の疑問点について訴外上山に電話照会を行い、同人の申し出により、月別資金繰表を一部訂正して処理したのち、貸付が決定され、被告の総務課に対して貸付額二億円、貸付日同月二四日、償還期限昭和五九年三月二三日とする貸付決定通知書(〔証拠略〕)、払渡通知書(兼受領証、〔証拠略〕)及び借用証書用紙を送付した。訴外上山は、昭和五八年一二月二四日、加茂郷郵便局を訪れ、被告の町長の公印の押捺された借用証書、被告の収入役の公印の押捺された払渡通知書(兼受領証、〔証拠略〕)を持参したので、加茂郷郵便局では金二億円の小切手を訴外上山に交付した。右短期貸付は償還期限に正常に償還された。

(2) 訴外上山は、昭和五九年三月二三日、加茂郷郵便局を通じて被告の一般会計調整資金として金二億円の簡易生命保険積立金短期貸付を申込み、右申込みに対して貸付日同年四月三日、貸付額二億円、償還期限同年五月二日とする短期貸付が実行されたが、印鑑届が改めて提出されなかったほかは、(1)の貸付と全く同様の手続がとられた。

(3) (2)の貸付について、訴外上山は、同年四月二一日、借換の申込みをし、右借換(償還期限同年六月二日)が認められたが、右貸付については、(2)と全く同様の手続がとられた。

(4) 訴外上山は、同年六月一二日、加茂郷郵便局を通じて被告の一般会計調整資金として金二億円の簡易生命保険積立金短期貸付を申込み、右申込みに対して貸付日同月二〇日、貸付額二億円、償還期限同年七月三一日とする短期貸付が実行されたが、右貸付については、(2)と全く同様の手続がとられた。

(5) 前記借入のうち、(1)及び(2)の借入は被告の町長の決裁を受けた正規の借入であり、(4)の借入は、訴外上山が被告の町長の決裁を受けることなく行った不正借入であったが、いずれも、償還期限に償還された。

(6) 近畿郵政局における(1)ないし(4)の借入手続の審査は、いずれも川村審査官が担当し、同審査官は、月別資金繰表の記載等に関する不備な点や疑問について、同人が被告に電話をかけ、訴外上山から説明を求め、同人の申し出により、右各借入の全てについて、借入申込書に添付された月別資金繰表の記載(歳入、歳出の額)が訂正され、貸付が実行された。

(7) (3)の借換申込書に添付された月別資金繰表(〔証拠略〕)によれば、昭和五九年四月二一日現在の被告の一時借入金の現在額は、株式会社紀陽銀行に対し一億五〇〇〇万円、下津町農業協同組合に対し一億六〇〇〇万円、簡易生命保険積立金短期貸付二億円と記載され、その合計は被告の一時借入金の最高額である三億五〇〇〇万円を大きく上回る五億一〇〇〇万円になっている。

(8) (4)の借入申込書に添付された月別資金繰表(〔証拠略〕)の記載によれば、借入月の「前月までの実績」の収支差額が一億九七〇〇万円の黒字である上、紀陽銀行から昭和五九年五月一三日から六月三〇日まで一億五〇〇〇万円、下津町農業協同組合から同年六月二日から同月二〇日まで一億六〇〇〇万円借り入れており、更に借入月から償還月までの各月の「収支差額」は常に黒字となっており、右記載からは被告において原告から歳計の一時的な不足を補うための短期貸付を受ける必要性は認められない。

(二)(1) 訴外上山は、昭和五九年一〇月一五日付けで、被告の町長の公印を盗用し、借入希望日同月二九日、償還期限昭和六〇年一月二八日とする被告名義の簡易生命保険積立金短期貸付の借入申込を行った。右借入は、訴外上山が昭和五九年七月三〇日付けで行った近畿財務局からの二億円の一時借入金の償還(償還期限同年一〇月三〇日)に充てるために申し込んだものであった。しかし、右借入申込書に添付された月別資金繰表(〔証拠略〕中の添付書類)では被告の収支が黒字(〈1〉借入月の前月までの収支差額が一億三七〇〇万円の黒字となっており、下津農業協同組合からの借入が同年九月二九日から一〇月二八日まであること、〈2〉一〇月分の収支差額が二七〇〇万円の黒字である。)、一一月支払分を一〇月に借り入れることになっているため、川村審査官は短期貸付の必要性に疑問を持ち、訴外上山に照会したところ、訴外上山は、右月別資金繰表は水道会計等との混同があったため黒字となっている旨説明したが、書類上資金不足が認められないとして、右申込に対して同月二〇日付けで不承認の起案をした。訴外上山は、同月二二日、訂正した月別資金繰表を持参して近畿郵政局に出頭し、差し替えを申し出たが、差し替えは認められず、短期貸付を懇請した結果、詳細な支払予定の経費表を添付して改めて申し込むことになり、同月二三日、訴外上山により、本件短期貸付の借入申込みがなされた。

近畿郵政局は、同月二六日、右借入申込を前記一〇月一五日付けの申込と同一受付番号で受け付けた上、同月二九日、前記一〇月一五日付け申込不承認の起案を廃案とした。

(2) 一〇月一五日付けの借入申込書添付の添付の月別資金繰表(〔証拠略〕中の添付書類)の一時借入金(C)欄のその他の欄の「前月までの実績(見込)」の上欄に一億六〇〇〇万円と記載されているだけであるが、同年六月二〇日の借入申込のときには(〔証拠略〕)同欄には既に三億一〇〇〇万円の借入と償還の記載があるから、〔証拠略〕の右欄の記載は前記申込の際の記載と矛盾する内容となっており、一時借入金(C)欄の簡保の欄の「前月までの実績(見込)」欄は借入・償還とも四億円と記載されているだけであるが、同年五月二日借換の際(〔証拠略〕)及び同年六月二〇日の借入申込のときには(〔証拠略〕)同欄には既に六億円の借入と償還の記載があるから、〔証拠略〕の右欄の記載は前記申込の際の月別資金繰表の記載と矛盾する内容となっている。

3  本件一時借入金の借入手続

〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 訴外上山は、昭和五九年一〇月二三日ころ、被告の町長の決裁を受けないで、原告の簡易生命保険積立金短期貸付借入申込書用紙に(〔証拠略〕)に必要事項を記入し、町長名下に町長の公印や認証文言のゴム印を無断で押印するなどして同日付けの被告を借入団体とする原告宛の金二億円の簡易生命保険積立金短朝貸付借入申込書(〔証拠略〕)、右添付書類である月別資金繰表(〔証拠略〕)、被告の一時借入金の最高額を定めた昭和五九年度下津町一般会計予算書の抄本(〔証拠略〕)をそれぞれ作成し、昭和五九年一〇月二四日、貸付受持局である加茂郷郵便局を訪れ、同郵便局長代理の橋本茂(以下「橋本局長代理」という。)に対し、右各書類を提出して被告の一般会計財政調整資金として、金二億円の簡易生命保険積立金短期貸付借入を申込んだ。

(二) 橋本局長代理は、訴外上山から、借入理由、償還の見通しを聴取した上、〈1〉借入申込書に一〇万円未満の端数がないか、〈2〉借入申込書に町長公印が押印されているか、〈3〉月別資金繰り表は償還月まで記載されているか、〈4〉他の金融機関から一時借入金の借入現在額、利率及び借入理由が記載されていることを確認した上、右借入申込書に受付日付印を押して受理を完了し、加茂郷郵便局長井谷隆之進の指示で貸付副申書を添えて近畿郵政局保険部運用課に送付した。

(三) 近畿郵政局保険部運用課は、同年一〇月二六日、右申込みを審査の上、同月三一日、貸付を行うことを決定し、同年一一月一日、貸付額二億円、貸付日同年一一月九日、償還期限昭和六〇年二月八日とする簡易生命保険積立金貸付決定通知書(申)、簡易生命保険積立金払渡通知書(兼受領書)及び簡易生命保険積立金短期貸付借用証書用紙を被告の総務課宛に送付し、また、加茂郷郵便局長に対し、簡易生命保険積立金貸付決定通知書(乙)、簡易生命保険積立金払渡報知書及び払渡日時案内書用紙を送付した。被告宛の右郵便物は、被告総務課の中川嘉代子が受領した。

加茂郷郵便局は、昭和五九年一一月二日、払渡日時案内書用紙に払渡額等を記入して、被告に送付した。

(四) 訴外上山は、昭和五九年一一月九日、加茂郷郵便局を訪れ、同年一一月一日付けの簡易生命保険積立金貸付決定通知書(甲)(〔証拠略〕)、被告の収入役訴外奥野敏夫の住所職氏名が記載され、同人の公印が押捺された簡易生命保険積立金払渡通知書(兼受領書、〔証拠略〕)、被告の町長訴外橋本元市の住所職氏名が記載され、同人の公印が押捺された借用証書(〔証拠略〕)を提出した。加茂郷郵便局では、右提出された書類の記載内容及び印影等が下津町長から提出されていた昭和五八年一二月一五日付け印鑑届、前記払渡報知書及び貸付決定通知書等と相違していないことを確認の上、右書類と引換えに金二億円の小切手を交付した。

(五) 訴外上山は、同日、右小切手を被告の指定金融機関である下津町農業脇同組合の下津町収入役名義の普通預金に入金した。

(短期貸付貸付証書用紙、払渡通知書(兼受領書)、貸付決定通知書(甲)を被告総務課員中川嘉代子が受領したこと、原告から交付された金二億円の小切手が下津町農業協同組合の被告の収入役の普通預金口座に入金されたことは当事者間に争いがない。)。

4  〔証拠略〕によれば、訴外上山が長年にわたり出納室長として一時借入の手続一切を担当していたため、一時借入の事務を十分に知る者は訴外上山以外になく、収入役、町長も訴外上山を十分に監督することができない状態であったことが認められる。

5  〔証拠略〕によれば、町長公印の使用には、公印保管者(総務課長)の許可が必要とされているが、〔証拠略〕によれば、町長公印は、鍵の掛からない箱に保管されており、総務課長の許可なしに使用されることもあり、また、総務課長の許可を得て使用する場合も、公印を押捺すべき書類を点検していなかったこと、訴外上山は、総務課長に対して「公印を借りるで。」と断って本件短期貸付の借入手続に町長の公印も使用しているが、総務課長は訴外上山の町長公印の使用の必要性、使用目的をチェックしていなかったことが認められ、被告における公印の保管体制は杜撰であった。

6  本件一時借入の手続は、短期貸付の受領者として被告の収入役の公印を押捺した印鑑届を原告に提出せず、加茂郷郵便局においてもこれを求めなかった(〔証拠略〕)点は、前記貸付規則・貸付規程に定める方式を欠いているともいえるが、訴外上山は、一般の簡易生命保険積立金貸付手続どおりに、所定の月別資金繰表、同資料及び被告の一時借入金最高限度額を定めた昭和五九年度下津町一般会計予算書の写しを添付して、一応外形上適式な記載及び被告長の公印の押捺された簡易生命保険積立金短期貸付借入申込書を原告の機関である加茂郷郵便局に提出して、本件一時借入を申込み、借入金の受領の際には被告の町長の公印を押捺した短期貸付借用証書及び収入役の公印が押捺された短期貸付払渡通知書(兼受領証)を提出している等、印鑑届を除けば外形的には適式な手続を踏んで行われた。右手続は従前の短期貸付におけるのと同様であり、訴外上山から提出された書類、形式等も被告の正規の借入である昭和五九年四月三日付け短期貸付と全く同じである。原告は、本件貸付の実行に当たって貸付決定通知書、払渡通知書(兼受領証)、借用証書を被告の総務課宛に送付したが、被告からは何らの問い合わせや異議の申し出はなく(〔証拠略〕)、訴外上山は右送付にかかる書類を加茂郷郵便局に持参して本件短期貸付の借入手続を進めたこと、被告提出の地方公共団体関係調書にも被告の一時借入の担当者として訴外上山が記載されるなど、訴外上山が被告の一時借入金の借入手続を行う事務権限を有していたことを考慮すると、原告が本件短期貸付の借入申込みを被告の町長の決裁を経た正規のものであると信じるについて一応理由がないわけではない。

7  しかし、訴外上山が担当者として行っていた本件以前の貸付手続をみると、

(一) 前記2(一)(3)の借換申込書に添付された月別資金繰表には、昭和五九年四月二一日現在で被告が予算で定められた一時借入金の最高額三億五〇〇〇万円を大きく超過する合計五億一〇〇〇万円の一時借入金を行っていることが記載されていること、

(二) 前記2(一)(4)の借入申込書に添付された月別資金繰表の記載によれば、被告の収支は黒字であり、資金不足の状態にないのに、一時借入の申込みがなされていること、

(三) 本件短期貸付の借入申込みに先立つ昭和五九年一〇月一五日付けの原告に対する短期貸付借入申込は一一月の支払分を一〇月に借り入れようとするものであったこと、

右申込書に添付の月別資金繰表(〔証拠略〕)では被告の収支は黒字となっているにもかかわらず、短期貸付の借入を申し込んでいること、右の点について、訴外上山は、水道会計等の混同があったために黒字となった旨弁解しているが、右月別資金繰表と本件短期貸付借入申込書に添付された月別資金繰表(〔証拠略〕)とを対比すると、〈1〉〔証拠略〕では、一一月は歳入四億七〇〇〇万円、歳出三億三〇〇〇万円、一二月は歳入四億四七〇〇万円、歳出四億一〇〇〇万円、翌年一月は歳入四億二七〇〇万円、歳出二億一〇〇〇万円と記載されていたが、〔証拠略〕では、一一月は歳入三億六〇〇〇万円、歳出四億四六〇〇万円、一二月は歳入三億四〇〇〇万円、歳出四億三〇〇〇万円、翌年一月は歳入二億九四〇〇万円、歳出二億三〇〇〇万円となっており、甲五号証の二の月別資金繰表の方が〔証拠略〕よりも歳入は減少し、歳出は増加している、〔証拠略〕の月別資金繰表の記載が他の会計と混同していたとすれば、これを補正した甲五号証の二の月別資金繰表では歳入・歳出共に減少する筈であるのに歳入が減少しながら、歳出が増加していることは不自然であり、訴外上山の前記説明が事実でないことは明らかであること、

(四) また、一〇月一五日付けの借入申込書添付の月別資金繰表の一時借入金(C)欄のその他の欄の「前月までの実績(見込)」の上欄に一億六〇〇〇万円と記載されているだけであるが、同年六月二〇日の借入申込のときには、(〔証拠略〕)同欄には既に三億一〇〇〇万円の借入と償還の記載があるから、〔証拠略〕の右欄の記載は前記申込の際の記載と矛盾する内容となっており、一時借入金(C)欄の簡保の欄の「前月までの実績(見込)」欄は借入・償還とも四億円と記載されているだけであるが、同年五月二日借換の際(〔証拠略〕)及び同年六月二〇日の借入申込のときには(〔証拠略〕)同欄には既に六億円の借入と償還の記載があるから、〔証拠略〕の右欄の記載は前記申込の際の月別資金繰表の記載と矛盾する内容となっていること、

以上の事実が認められる。

これに、川村審査官は、訴外上山の行った本件以前の短期貸付借入申込書添付の月別資金繰表に関して、訴外上山に対して電話照会を行ない、同人からの申し出によって、全ての貸付手続において月別資金繰表の金額の訂正を行なっているが、町の歳入歳出に関してこのように頻繁に金額の訂正が行われるのは不自然と考えられることも考慮すると、訴外上山が行ってきた本件以前の簡易生命保険積立金短期貸付借入申込書に添付されている月別資金繰表の記載が杜撰なものであり、果たして事実を記載しているかどうか、また、訴外上山の一〇月一五日付けの申込では、一一月分の支払いについて一〇月に借入を行おうとするものであったこと、また、前示の被告が一時借入金の最高額を超えて借入を行なっていた旨の記載があったことも考慮すると、被告が一時借入金の最高額を超えて借入を行なうものではないかとの疑問が生ずる筈であり、右各貸付の手続に関与していた原告の職員としては、遅くとも本件短期貸付借入が行われるころには、訴外上山が提出した月別資金繰表が事実を記載したものでないことに気づいていたか、あるいは過失により気づかなかったものと認めるのが相当である。

8  したがって、訴外上山の提出した月別資金繰表の記載内容に疑問を持つべき状況にあり、また、被告が予算で定められた一時借入金の最高額を超えて借入をするのではないかとの疑いも否定できないところであり、さらに、成立に争いのない乙一一号証によれば、一時借入金について権限を有するのは地方公共団体の長であるので十分留意するように注意を喚起していることが認められること、訴外上山が加茂郷郵便局に提出した被告下津町の予算書の写しは町長が「原案可決」なる文言で認証しているが、町議会で議決されたことの認証は、本来議長等がなすべきものであり、形式上は正しくないと考えられること(従前の正規の一時借入金の借入手続の場合も同様の予算書の写しが提出されているが、これも正しくない。)も総合すると、訴外上山が行った本件短期貸付の借入申込の審査にあたっては、原告としては、訴外上山に対して説明を求めるだけでなく、被告の町長、総務課長等に対して事実の確認を行い、また、被告の取引金融機関に対する一時借入金の残高証明書をとる等の措置をとり、前記の疑問点を解消すべきであったといわなければならない。

本件短期貸付借入申込当時、訴外上山によって、被告名義で行われた不正借入の結果、被告の借入残高は、下津農業協同組合に七億六〇〇〇万円、株式会社紀陽銀行に四億八〇〇〇万円、東洋信託銀行株式会社に二億円、株式会社和歌山相互銀行に二八〇〇万円等に上っており(〔証拠略〕)、原告が訴外上山に金融機関に対する残高証明書の提出を要求するか、金融機関に照会することによって、被告は一時借入を行うことができなかったことが容易に判明し、ひいては、訴外上山が被告の町長に無断でその意思に反して本件の一時借入を行うものであることを知りえたものと思われる。

したがって、原告には、訴外上山が行った本件借入申込が被告の町長の決裁を経た正規のものであると信じるについて過失があり、正当な理由はないといわざるを得ず、訴外上山が行った原告と被告との本件金銭消費貸借契約が、民法一一〇条の表見代理の類推適用により、有効に成立するということはできない。

よって、原告の主位的請求は理由がない。

第二  第一次的予備的請求(民法七一五条一項の使用者責任)について

一  訴外上山が、被告の被用者であることは当事者間に争いがなく、訴外上山が昭和四七年一月一日から本件一時借入当時まで被告の出納室長として、被告の現金、有価証券及び基本財産の出納保管の事務を担当していたほか、被告が、金融機関から一時借入金の借入をする場合、金融機関との交渉、借入申込書等必要書類の作成等の事務手続を行う職務を担当していたことは前示のとおりである。

二  訴外上山は、自己の公金横領の穴埋めや不正借入の返済等のために、被告の一時借入金と偽って、加茂郷郵便局を通じて原告に対し、金二億円の簡易生命保険積立金短期貸付の借入を申込み、これを信じた原告から加茂郷郵便局を通じて金二億円の交付を受けてこれを騙取したものであることは前示のとおりである。

本件一時借入金の借入行為は、訴外上山による被告の一時借入金の借入を装った詐欺行為であるが、前示のとおり、訴外上山は、被告の一時借入金の借入事務手続をする権限を有し、昭和四七年一月一日、被告の出納室長に任ぜられて以降、実際に被告の一時借入金の借入事務手続を担当してきた者であるから、訴外上山の本件一時借入行為は、外形的にみて、被告の職務執行行為とみられるから、訴外上山のした本件一時借入金の借入行為は、被告の事業の執行についてなされた違法行為と解するのが相当である。

したがって、被告は、民法七一五条に基づいて、訴外上山が本件一時借入金の借入行為により原告に加えた損害を賠償すべき義務がある。

三  原告が、訴外上山の本件一時金の借入行為を被告の正規の借入行為と信じるについて、正当な理由が認められず、過失があること、その内容は、理由の第一の四で判示したとおりである。一方、被告にも杜撰な公印管理、一時借入金の借入手続並びに職員の管理体制の不備等の問題のあることは前示のとおりであり、訴外上山による不正な借入を生む素地となっていたものと認められるから、これらを公平の見地から総合勘案すると、本件については原告にも三割の過失があり、右割合で過失相殺を行なうことが相当と認められる。

原告の被った損害額は金二億円であるから、これについて三割の過失相殺を行なった金一億四〇〇〇万円が、原告が被告に対して請求することができる損害である。

四  したがって、原告の被告に対する損害賠償請求は、金一億四〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和五九年一一月九日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。

第三  結論

以上のとおりであるから、原告の被告に対する本訴請求は、被告に対し金一億四〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一一月九日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林醇 裁判官 中野信也 釜元修)

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